大判例

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東京高等裁判所 昭和25年(う)2431号 判決

本店所在地

横浜市港北区箕輪町千番地

細田機械工業株式会社承継人

株式会社岡本工作機械製作所

右代表者代表取締役

細田和一

本籍竝に住居

同市鶴見区菅沢町百九十四番地

会社員

細田和一

明治四十年七月七日生

本籍

同市同区東寺尾町千三百六十二番地

住居

同町市場町千七百五十七番地

会社員

染谷謙三

大正十一年六月九日生

本籍

新潟市関屋七百七十九番地

住居

横浜市鶴見区市場町千七百五十七番地

会社員

児玉義雄

大正九年七月十四日生

右四名に対する法人税法違反竝びに細田和一に対する所得税法違反被告事件につき昭和二十五年五月四日横浜地方裁判所が言渡した有罪の判決に対し検察官及び各被告人より夫々適法な控訴の申立があつたから、当裁判所は検事某 関与の上審理を遂げ、次のように判決する。

主文

原判決を破棄する。

本件を横浜地方裁判所に差し戻す。

理由

検察官の控訴の趣意は東京高等検察庁検事某の控訴趣意書(同書二十八丁表一行目冐頭に「合算」と加える)の記載と同一であり、被告人等の控訴の趣意は弁護人清瀬一郎の控訴趣意書(但し同書一枚裏三行目中「個人の事業所得税乃至」とある部分、二枚裏二行目「所得税法第六十九条や」とある部分をいずれも削除し、二十三枚裏末行「申告せねばならぬ」を「正しく申告せねばならぬ」と訂正する)及び弁護人塩坂雄策の控訴趣意書の各記載と同一であるから、いずれも茲にこれを引用する。

検察官の控訴の趣意第一点は原判決の事実誤認を主張するものであり、原判決が被告人会社の昭和二十年四月一日より同年九月三十日迄の事業年度(以下前期という)所得の中被告人会社が特別調達庁に対して有する別紙目録記載の未収金債権一五、〇六四、二七八円から未払金一、五五〇、三五三円を控除した一三、五一三、九二五円の計上洩れを被告人会社の犯則所得として起訴した公訴事実に対し、右は当期の益金として計上すべきものではないとして除外した点を攻撃し右未収金債権の基く契約はいわゆる特定契約であり昭和二十一年法律第六十号政府の契約の特例に関する法律に従つて締結されるものであるが、これに基く請負報酬金の金額は請負工事完成引渡後政府の検査を経てその金額指定によつて始めて数額的に確定するものではあるが、右請負報酬金債権は既に工事引渡の時に税法上の益金として計上せらるべく、その際金額は現実には確定していないが、その評価は可能にして且容易であるのに、原判決は右未収金債権の評価は極めて困難であるとしてその益金としての計上時期は工事引渡の時でなく、政府の金額指定の時であるとしたのは失当であるというのである。

仍て按ずるに、法人税法上課税の対象となる所得とは、各事業年度の総益金から総損金を控除した金額によるものであるとせられるところ(法人税法第九条)茲にいう総益金とは資本の払込以外において法人の純資産の増加となるべき一切の事実に基く収益その他の経済的利益を指し、総損金とは資本の払戻及び利益の処分以外において法人の純資産の減少となるべき一切の事実に基く費用その他の経済的損費を指すものと解せられること検察官所論の通りである。而してこれらの所得計算に当つてその収益又は費用がいずれの事業年度に属するかを決定するについては、一般にいわゆる現金主義(現実収入主義)即ち現実の金銭収支の時を以て損益帰属の時期とするものと発生主義(権利確定主義)即ち損益たるべき事実の発生の時を以てするものとがあり、税法上何れの主義によるべきかは特に明定せられるところはないけれども近代企業殊に多数の有償双務契約によつて反覆継続的に収益を挙げて行く法人企業においては、その規模大にして且複雑化し取引関係は即時に終了しないで多数の債権債務が同時に併存する実状であるから現金主義によつては一定時期における企業の損益を正確に把握し難いことは明らかであるから、法人企業の所得について課税する法人税法においても原則としては発生主義によるべきことは当然であつて、検察官の所論もこれを前提とするものである。只この発生主義を複雑多岐に亘る所得の形態に対して適用するに当つては、その根本の趣旨に鑑み合目的見地よりして夫々の場合に即応した内容と限界を考慮しなければならないことは多言を俟たないところである。殊に契約によつて権利義務が発生する場合はその契約自体によつて直ちに損益帰属の時期を一率に定めることは実状に適せず一般にも是認せられるところでない。本件被告人会社の未収金債権の基く契約関係は記録によれば検察官所論の如く昭和二十一年法律第六十号政府の契約の特例に関する法律に基くいわゆる特定契約であつてその一連の手続は、始め進駐軍が政府に対し特定の工事の完成物の生産又は労務の提供を求める調達要求書と(Procurement Demaud=P・D略称)を発し、政府は請負人との間に右P・D記載事項を目的とする請負契約を締結するがその報酬金は未だ確定せず請負人が進駐軍主計将校から作業命令を得て工事施行の上完成した時は、これを右主計将校に報告してその承認を得た上その引渡を為し、仮受領書を受け、次で工事に要した資材費、労力費、諸役務費、諸経費を計上した請求書を地方庁に提出して査定を求めると共に作業完了証明と工事仮受領書を集め同一の品種規格を揃えて正式受領書の案を作成しこれを主計将校に提出して署名を求め(この署名を得たものが工事受領書Procurement Rec-eipt-P・Rと略称―である)請負人は査定書に右正式受領書を添えて特別調達庁に対し支払金額の指定申請を行い同庁はこれに基き支払明細書を作成して大蔵省経理担当官に送付し同省はこれを審査した上請負人に支払金額の指定通知を為すものであるが、この金額指定期限内は請負人は通常裁判所に出訴することができずその他の制限を受けるものであることは明らかである。かかる契約、引渡指定の段階を経る未収金債権に対して右発生主義の原則が如何なる適用を見るべきかが本件の問題である。検察官は本件前期において引渡を了した工事の未収金債権を別紙目録記載の1乃至28の合計一五、〇六五、二七八円と主張するけれども右引渡を以て相手方の正式受領の時たる工事受領書(P・R)署名の時とするにおいては右目録自体に明らかな如く当期に属しないものを包蔵し、当審における検察官の釈明によつても右目録中26、27は当期以後のものに属し、実に千五百余万円中千百余万円分は当期外のものであることが判明したけれどもこの点は今直接本争点に関係ないから暫く別として、右特定契約は前記特別法及び約旨に基く種々なる制約はあるが、なお民法上請負契約の範疇に属することは多言を俟たないところ、一般に請負契約は当事者一方が或る仕事を完成することを約し相手方がその仕事の結果に対してこれに報酬を与えることを約するによつて成立するものであつて、報酬請求権と工事完成引渡の債務とが対価関係に立つ有償双務契約であり、右債権、債務は契約によつて直ちに発生するものであつて(諾成契約)目的物の引渡は只右報酬金債権の履行期を到来せしめるものに過ぎないが、通常一般の請負契約にあつては契約において多くその報酬金債権の金額は特定しているがこれに見合う工費その他の反対債務に費される金額は特定しないのが例であつて、完成引渡の時期に至つてはじめて反対給付たる工事原価の数額も確定すると共に報酬金債権も現実に行使し得るに至るものである。それ故に発生主義の適用にあたつても契約の時を以て直ちに損益に計上すべきものとは為さずその引渡の時に権利発生ありと解するのが税法上妥当とせられるものであり、検察官の所論もこれを当然の出発点としているのである。然るに本件特定契約における報酬全債権については工事目的物の引渡の時期においては損金たるべき工事原価は特定しながら却つて益金たるべき報酬金額は未だ現実には特定して居らず、その権利行使も亦妨げられているのであつて、この意味においては一般の請負契約における契約の時期と債権債務の地位を顛倒した形において全く同様の現象を呈するものであると解することができる。従つて一般の請負契約において発生主義の適用として引渡の時期を択ぶ前記の方式がここでそのままに採用されるについてはその根拠を欠くということができる。尤も検察官所論の如く右は飽くまで右引渡の時期の属する年度を以て損益の計算を為すべしとの説も可能であることは敢て否定はしないが、その場合は期末における未収金債権の評価が当然に問題になるのであつて、その評価の可能にして且容易であるにおいては格別の弊害を伴うことがないわけであるけれども、然らざる限りかかる方式は合目的的のものということを得ない。検察官は本件の如き未収金債権はその引渡の属する期末においてその評価が十分可能であり且容易である所以を強調するところ、苟くも財産権上の請求権である以上評価が不可能であるとは認められないことは当然であるとしても、然くそれが容易であるとは軽々に断ずることはできない。所論は被告人会社が前期末迄に政府の金額指定を受けた別紙目録1乃至8についてその請求金額と指定金額との比率を算出し、当時被告人会社においてその評価の容易であつた事実を立証しようとするのであるが、この僅か数件の中においてすら八七%より九三%の開きがあり、後に指定のあつた同目録中その余の部分を見れば実にその請求金額の五〇%より一一三%に及ぶ事例を認めることができ、これらの平均が所論の如しとするもそれは単に評価が可能であることを証するに止まり、個々の未収金債権の評価が具体的に容易であつたことの証と為すには足りない。却つて原判決が証拠によつて認定した如くその評価は著しく困難であると見るのを相当とする。加之、かかる引渡の時期を以て未収金債権を益金に計上すべしとするときは原判決の説示する如き幾多の弊害の生ずるおそれのあることはこれを肯認しなければならない。而も凡そ或る課税年度の所得に対して課税するについては収益の一部が納税に当てられる実状に鑑みそれが課税をするに適した状態が現出されていること即ちいわゆる課税適状(納税適状)にあることを前提とするものであることも逸すべからざる税法上の要請である。申告納税制度をとる法人税法においては納税者は申告と同時に税額を納入しなければならないのに、当該年度においては課税対象たる所得の原因を為す益金についてその現実の収入はもとより金額の特定すらも請求後数ケ月を待たずしては為されず、而もその評価すら著しく困難であるという状態は決して課税適状にあるものとはいうことができない。かかる場合は前記発生主義の適用上むしろ政府の金額指定の時を以てはじめて権利の発生ありとなし、それを損益計算の期とするのが妥当である。今日かかる事例は必ずしもその数多しとは考えられず、今ここに発生主義の内容をかく解するとしても、これによつて必ずしも全体の体系を混乱せしめるものとも解せられないのみならず、一般に金額未定の債権においてその未定の要素が大であつてその評価を困難且不適当とするときは健全な社会通念に従つてその損益帰属時期を決定すべきものとすることは理論的にも是認さるべきところである。されば右未収金債権の計上時期を政府の金額指定の時と為す原判決はこの意味において相当である。かく解すればこれに対応する工事原価を損金として計上すべき時期も、期間計算の下における費用収益対応の原則上益金と同一時期でなければならないことは当然の結論である。その間の工事原価を企業経理上如何に処置すべきかについては自ら別個の方途が存するところである。されば結局この点の論旨は理由がない。

同第二点は原判決は判決に理由を附せず又は理由にくいちがいがあると主張し、本件未収金債権を政府の金額指定の時の属する昭和二十二年十月一日より昭和二十三年三月三十一日までの事業年度(以下後期という)の益金とするならばこれに対応する工事原価は前期において損金として計上すべきではなく、仮勘定として前期の資産勘定に計上すべきであるから被告人会社の前期の所得額は判決認定の額より工事原価の金額だけ増えるわけであり、又後期においては右未収金に見合う工事原価は負債勘定に計上して総益金から控除すべきであるから会社の後期所得額は判決認定の額より工事原価の額だけ減るわけであるのに、原判決はこの経理の原則に反する誤を犯して、而も一の事実によつて生ずる工事原価と報酬金債権とを別個の事業年度に分け後期未収金に対応する工事原価を前期損金として落し後期においては未収金債権の全額を益金として計上していると論難するものである。

仍て按ずるに既に第一点において判示した如く本件未収金債権は政府は金額指定のあつた時の属する年度において益金として計上すべきところ、本件については別紙目録中9、10、11、26、27、28の合計一三、六四九、七二五円(但し28は被告人会社が前期において概算払金として受取つた九、五〇〇、〇〇〇円に対する指定精算残金であること記録上明らかであるから右未収金は右概算払金額だけ増大する筈である)は後期にその金額指定のあつたものであるからこれを当期益金に計上すべきことは勿論で、従つてこれに対応する工事原価は後期損金として処理すべきものであることは所論の通りである。而して原判決が証拠によつて認定したところによれば、被告人会社は多年現金主義を以て経理に当つて来たものであるから右後期に指定のあつた未収金に見合う工事原価はその現実に支出せられた前期において損金に落していたことが明らかである。従つて右前期及び後期の所得を客観的に把握するためには右未収金に対する前示発生主義の適用によつて再検討すべく、この点に関する限り前期の所得は右不当に損金に落した額だけ増えることとなり後期の所得は右工事原価の額だけ減ることとなるべきは正に所論の通りである。然しながら原判決はかかる客観的な総所得を算定した上本件逋脱を導き出す方法を採つたものではなく、又所論の如き会社の現金主義を是認したものでもないことは判文上自ら明らかである。云うまでもなく真正な所得の税額と現に申告納入せられた(若しくは納入せられぬ)税額との差額が直ちに刑事上逋脱罪を構成するものでないことは明らかであつて、法人税を免れる行為が詐偽その他不正の手段によつて為されたものであることを要すると共に、これについては一般の犯罪と同じく犯意その他の犯罪構成要件を具備しなければならないことは多言を俟たない。従つて逋脱の税額を認定するに付ては必ずしも常に当該事業年度の客観的な所得の全体を算定する必要のあるものではない。所得の隠匿による逋脱犯においてはその故意に基き隠匿せられた所得換言すれば秘匿せられた益金及び仮装せられた損金を検討することによつてその脱税額を抽出し得る場合の存することは認めなければならない。然しながら元来その逋脱した税額が本来納付すべき真正の税額以上に及ぶということのあり得べからざることは条理上当然の事柄である。殊に現金主義経理をとる法人が以て所得と為すものが発生主義を以て再検討の結果実は該年度の所得と見るべきでないとすれば、その隠匿ありとするも隠匿所得たるの根基を欠くに至るおそれがある。このおそれは正に本件についても存するところで被告人会社が多年現金主義を以て経理をして来たことを認める以上、その所得の隠匿を認定するに当つては客観的に認定せらるべき所得との関係如何、少くとも隠匿所得の算定に影響があるかどうかを吟味することは到底省略せらるべき事柄ではない。この観点に立つて被告人会社の前期、後期の所得と原判決認定の隠匿所得との関係を勘案するに、原判決は前期中判示第一の一の1、2、3、(但し2架空の仕入合計五三六、六二五円とあるは五〇三、六二五円と誤記と認める)の方法によつて隠匿した益金合計一、九五一、〇〇五円の中同(3)(は)の合計額四一五、〇〇〇円(原判決が損金として是認した(い)の会社諸費用一、三三五、〇〇五円は誤算と認むべきもの)のみを逋脱の対象としたものであるところ、その隠匿せられた益金が果して何に基くものかは必ずしも明らかではないが、これを特に前年度の所得と見るべき根拠は記録上発見し得ないから、会社が当期において不当に損金として落した前示未収金に対応する工事原価を損金として計上しないこととすれば、この点に関する限りにおいては所得はその分だけ増大するものであるから一応右逋脱の対象たる所得に影響はないと認めることも可能である。(しかしこの点については後記清瀬弁護人の論旨第一点の問題が伏在するが、これは同論旨に対する判断に譲る。)然るに後期については、原判決は判示第一の二において被告人等は会社の帳簿に1、架空の借入金一四、〇〇〇、〇〇〇円2、同未収工賃九三、三一九円を真実の取引の如く記入し3、売上金八七〇、九六六円八〇銭(但し内一三七、九〇三円のみ隠匿と認める)4、材料返品代八〇〇、〇〇〇円をことさら記入せず5、社長賞与一、三〇三、〇〇〇円を立替金経費等として虚偽の処理をすることによつて以上の合計一六、三三四、二二二円に相当する益金を隠匿したとして、これに対する税額一〇、六一七、二四四円三十銭の逋脱を認定したのであるが、この隠匿益金がそのまま課税さるべき所得を構成するものとの観点に立つこと判文上明らかである。この隠匿益金中の大宗は右1の架空借入金一四、〇〇〇、〇〇〇円に関するものであるところ、借入金はそれによつて取得する現金と見合うものであつて損益には関係ないものであるから架空の借入金を記帳することは他の益金を恰も借入現金たる如くに仮装することによつてその益金を隠匿したものと解すべく、又判示2の仮空未払工賃及び5の社長賞与の分はいずれも損金を仮装することによつて所得を隠匿したもので3、4はそのまま益金を秘匿したものである。従つて当期において被告人会社に少くとも右の所得額が存したものというべきは不当ではないが、これは被告人会社の立前とする現金主義の所産であるからこの隠匿所得の税額がそのまま逋脱となるものと解するの早計なるは前説示の通りである。この点について被告人染谷謙三の副検事に対する第一回供述調書中の供述記載に依れば、被告人会社において後期中昭和二十二年十二月頃前記に完成引渡した工事に対する未収金で政府より指定の上現実に支払われたものが千三百余万円あつて、かくては会社の利益が莫大に上るところより同年四月一日に遡つて原価計算をした結果尚千三四百万円の所得を得たのでこれを仮装するために前記仮空借入金等の工作を為したものであるというのであるから、当期に金額指定のあつた未収金の中大部分は当期中に現金収入せられているから一応前示原価計算の対象となつたものと見るべきであり(但し別紙目録中26の内金四、三一六、四五三円が被告人会社に受領せられたのは当審の検察官釈明によれば昭和二十三年一月二十九日であるから右原価計算の対象となつたかどうかは疑問である。)従つて前示未収金に見合う工事原価が当然に本件後期隠匿額に影響あるものとは為し難いが、右原価計算は昭和二十二年四月一日以降のすべてに至る分であるからその内当然当期の所得とせらるべきものが幾何であるかは少しも明らかではない。(この原価計算が信用し得べき限り被告人会社の所得の主要形成部分と見るべき工事報酬金からの所得は前期を含めて千三四百万円に過ぎないことが窺われる。)従つて原判決が前記隠匿額に対する税額がそのまま逋脱となると認定するためには当期の客観的な所得の総額がそれ以上に及ぶものである所以を解示する必要があり、その結果被告人会社の右隠匿額に何等影響なきものとするならばその理由を説明するのでなければ到底その結論の合理的なる所以を納得せしめるものではない。会社算出の当期所得が二百三十万円余あるとの事実は右が会社における種々なる工作の結果に基くものである点に鑑みれば尚本件についての疑問を解消せしめるものではなく、その他この点に関し原判決の判示するところは未だ十分明瞭とはいい難く、その結果原判決は判決に備うべき理由をつけないか又は理由にくいちがいがあるに帰着するものというべく、この点の検察官の論旨は結局理由がある。

弁護人清瀬一郎の控訴趣意書第一点は原判決の判示第一の一につきその事実誤認を主張するものであり、その要旨は被告人会社は昭和二十二年四月一日より同年九月三十日迄の前期事業年度において長井ランドリー以下八工事の請負報酬金の概算払として二回に合計金九百五十万円を政府より支払を受けたところ、右工事はいずれもいはゆる特定契約に基くものであるからその報酬金請求権は政府の金額指定を待つて確定し、その益金として計上すべき時期は右指定の日の属する年度とすべきであつて被告人会社がその指定を受けたのは当期の後たる昭和二十三年三月十七日であるのに、多年現金主義を以て記帳の時として来た被告人会社は誤つてこれを当期の益金として計上しているのであつて、仮にこれらの工事より生ずる利益を一割と見るときは少くとも九十五万円の所得に対する納税は過納であるからこれを原判決認定の被告人会社の当期隠匿所得四十五万円に対比すれば毫も国家の徴税権を害せず税法上逋脱罪の成立する根基を欠くに至るものであるに拘らず、原判決は原審における弁護人の右主張を排斥して判示税額の逋脱罪を認定したのは失当であるというにある。

仍て按ずるに既に検察官の控訴趣意に対する判断において説示したように、所論の如き特定契約に基く請負報酬金債権は政府の金額指定の時を以て益金に計上すべきものであるから概算払についてもその現金収入の時を以て益金に計上すべきではなく、従つて被告人会社がこれを当期益金に計上したのは誤りであることは所論の通りである。これに対し原判決は「当期において金額の指定のあつた未収金六八〇、〇〇〇円余の計上洩れのある外その余の未収金に対応する工事原価を不当に損金として落しているのであつてその額は弁護人主張の九五〇、〇〇〇円を遙かに超過するであろうことも容易に推認でき従つてその主張の過大申告あるが故に判示逋脱犯成立の根基を欠くということはないこと明らかである」として右主張を排斥した。しかしながら右長井ランドリー以下八工事の請負報酬金に見合う工事原価その他の経費は右報酬金債権が益金として計上せらるべき期において損金として計上せらるべきことは既に検察官の控訴趣意に対する判断において説示したところからも明らかであつて、原判決もその前提として承認するところであるから、これに基いて右概算払金の益金計上が隠匿所得の数額に影響ありや否を判断するについては右工事に支出せられた経費が幾何であつて、その幾何が当期において誤つて損金に落されたかを検討しなければならない。

弁護人が所論概算払金の一割九十五万円に対する税金の納付が過納であるというところは右概算払金の九割相当額が損金として当期に落されたことを前提とするものと解すべきところ、これら八工事の報酬金債権が政府の金額指定を経て被告人会社に現実に精算収入せられた時期が当期の遙かに後たる所論の昭和二十三年三月以降であることは記録上これを認め得るところであるから当期にその九割が損金として落されたと見るのはむしろ疑わしいところである。この点について原判決の判示よりしてはこれら経費の幾何が当期において損金として落されているかは必ずしも明らかでない。若し原判決が「その余の未収金に対応する工事原価を不当に損金として落した」と判示するところが、右八工事分についての一部若くは全部の工事原価をも包含するものとすれば、それら損益計算の比較においては右概算払金の全額について為さなければならないことは当然である。又若し右不当に損金として落したというところが右八工事の分を含まぬとすれば該工事の分について当期に損金として落されたものがあるかないか、あるとすれば幾何かを検討してそれと右九百五十万円との差額について判示のその余の項目との損益比較を為すべきものである。然るに原判決が右概算払による損益計算の過不足について弁護人の所論に拘泥して漫然一割の九十五万円についてのみ比較したのは早計といわざるを得ない。次に原判決は被告人会社に当期に指定のあつた未収金六十八万円余(別紙目録中1乃至8の査定金額の合計正しくは金六八四、六四一円、原判決は少額の誤算がある)の計上洩れがあることを指摘しこれが益金に計上せらるべきものとしているが、この内別表1及び4は前年度たる昭和二十二年三月以前に引渡を終つたものと認められる(当審における検察官の釈明によれば工事の正式引渡の日と見るべき工事受領書(P・R)署名の日はいずれも昭和二十二年四月十一日であるというけれども工事の完了及び事実上の引渡はそれ以前であるから結論には影響ない)から少くともこれらの工事の原価は果して当期で損金として落しているか疑わしい。当期で落していないとすればその原価は改めて当期で落すべきものとなること前述の理論より明らかであるから、弁護人所論の如く一割ということはないとしてもその分だけ更に益金勘定は減殺されることとなる。その他原判決の如く右六十八万円余が全額益金として加算さるべきものとするについてはこれに見合う工事原価がすべて当期において損金として落されていることを前提とするものでなければならないわけであるが、這般の消息は原判決の判示からは窺われない。更に原判決は被告人会社が当期に属すべからざるその余の未収金に対応する工事原価を不当に損金として落しその額は右六十八万円余と相俟つて弁護人所論の金額を遙かに超過することは容易に推認できると為すけれども何等その根拠を示すところがない。既にその比較さるべき概算払についての数額及び判示六十八万円余の計上洩れにつき前記の如くである以上当期に属せざる右未収金に対応する工事原価の数額如何によつては弁護人所論の過大申告の数額を遙かに超過することが然く容易に推認できるものとは解することができない。今日その工事原価の算定が困難であるとの一事は未だ原判決の結論を是認せしめるものではない。これを要するに原判決はこの点において審理不尽に基く理由不備の違法があるものと解すべく、弁護人の論旨は結局において理由あるに帰着する。果して然らば本件各控訴はいずれも以上の諸点において既にその理由があるから、検察官及び弁護人清瀬一郎の控訴趣意書のその余の論旨、弁護人塩坂雄策の控訴趣意書の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百九十八条第四号に則り原判決中の当該部分を破棄すべきであり、該部分は被告人細田和一の刑責に影響を及ぼす点において原判決の判示第二の罪と不可分であるから結局原判決は全部これを破棄すべきものとし、刑事訴訟法第四百条本文に則り本件を原裁判所たる横浜地方裁判所に差し戻すべきものとし、主文の通り判決する。

別紙目録

未収金一覧表

〈省略〉

控訴趣意書

被告人 細田機械工業株式会社

被告人 細田和一

被告人 染谷謙三

被告人 児玉義雄

右の者等に対する法人税法違反事件につき左の通り控訴理由を開陳する。

第一点 原審判決には重大な事実の誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかな違法がある。

原審判決は被告会社の昭和二十二年四月一日より同年九月三十日迄の事業年度(以下前期と指称する)所得の中被告会社が、特別調達庁に対して有する別紙目録記載の未収金債権一五、〇六四、二七八円から未払金一、五五〇、三五三円を控除した一三、五一三、九二五円の計上洩れを被告会社の犯則所得なりとして起訴した公訴事実に対し、右は当期の益金として計上すべきものではないとして除外したが、これは明らかに重大な事実の誤認である。

抑も法人税法第九条第一項の普通所得とは、総益金から総損金を控除した金額であつて、すなわち総益金とは、資本の払込以外に純資産増加の原因となるべき一切の事実であり、総損金とは、資本の払戻及び利益の処分以外に純資産減少の原因となるべき一切の事実である。

およそ債権が純資産増加を来すべき原因たる事実であることは争いないが、本件の場合の問題点は、被告会社の特別調達庁に対する右未収金債権の支払金額が後に詳述するように政府の指定によつて確定するという特殊性に鑑み、(一) 工事完成引渡と同時に報酬支払請求権が発生しているといい得るか、(二) その債権は評価可能であるか、又 (三) この債権をその期に属する損益計算上益金として計上し得るかの点にある。

これを明らかにするためには、本件特定契約の成立並びに政府の報酬金支払金額指定通知に至る迄の経過を解明して、その特質を明らかにする必要がある。本件未収金債権の発生原因たる契約は、所謂特定契約と称するもので、昭和二十一年法律第六十号政府の契約の特例に関する法律(以下、単に法律と称す。)に従つて締結されるものであるが、その契約締結前進駐軍は政府に対し、これこれの工事の完成、物の生産又は労務の給付をせよという調達要求書(Procurement demand)を発する。これを普通P・Dと通称している。

政府は請負人とこのP・Dの記載事項を目的とする請負契約を締結するが、しかしその際はまだ請負報酬金の支払額は確定していない(政府の契約の特例に関する法律第一条第一項参照)。次いで請負人は進駐軍主計将校すなはちQ・R(Quarter master)から作業命令(work order)を得て、工事を施行するのである。請負人は工事が完了した時は、これを進駐軍主計将校に報告してその承認を得た上これを引渡し、仮受領書を受け、その工事に要した資材費、労力費、諸役務費、諸経費を詳細に書いた請求書を地方庁に提出してその査定を求める。一方作業完了証明と工事仮受領書を集め同一の品種、規格を揃えて正式受領書の写を作成し、これをQ・Rに提出して署名を求める。この署名を得たものが工事受領書すなはちP・R(Procurement receipt)である。

そこで請負人は査定書にP・Rを添えて特別調達庁に対し支払金額の指定申請をする。特別調達庁は右申請に基いて支払明細書を作成してこれを大蔵省の経理担当官に送付する。大蔵省はこれを審査した上請負人に支払金額の指定通知をする。(原審弁護人提出の証拠に依り証明すべを事実の表明と題する書面記録四四五丁以下参照)

以上が特定契約の成立から報酬金支払金額指定通知までの経過であるが、この契約に因る政府の支払金額に関しては、命令の定める政府の支払金額指定期限内(昭和二十二年勅令第十一号政府の契約の特例に関する法律の施行に関する勅令参照)は通常裁判所に出訴することができないばかりでなく、指定の通知があつた後もこれに不服ありとして直ちに通常裁判所に出訴することはできない。すなはちこれに対して不服のある場合は、政府に対して指定金額の改定申請をなし、これに対する政府の決定をまち、尚不服のある場合にはじめてその決定の通知を受けた日から三ケ月以内に通常裁判所に出訴することが出来るのである。

特定契約の以上の特質に鑑み、本件報酬金の支払請求権は何時発生するかを考察するに、民法第六三三条は「報酬ハ仕事ノ目的物ノ引渡ト同時ニ之ヲ与フルコトヲ要ス」と規定するを以て、本件特定契約においても、この規定に反するような特約があれば格別然らざれば、工事の完成引渡と同時に発生するものと見てよかろう。本来ならば目的物の引渡と報酬金支払義務とは同時履行の関係に立つものであるが、特定契約による報酬金支払請求権は、政府が支払金額を指定しない限りその額が確定しないのであるから、同時履行の抗弁権を認めるわけには行かないが、支払請求権そのものは工事の完成引渡と同時に発生しているものと見なければならない。

凡そ債権の目的は可能、適法にして且確定し又は確定し得べきものであることが原則であり、この三者が具備すれば足るのである。

ここでは可能、適法の点は問題にならないと考えるからこれを捨象し、給付の面のみについてみるに、給付の内容は始より確定していることもあり、又確定も得べきに止まることもある。前者については問題はないが、後者についてはそれを如何にして確定すべきかの問題がある。その確定は法律の規定によることもあり、債権者が確定することもあり、債務者が確定することもあり或ひは第三者が確定することもある。債権の内容は最初より全部が確定していなければならないものではなく、債権成立当時はその内容の一部が未確定であつてもその後の手続の介入発展によつてその内容が形成されて行く場合もある。給付は履行の時には確定するを要するが、それ以前の段階においては確定するを要しない。しかしそれ以前の段階においても実質において債務者を覊束するものであれば給付が確定しなくとも債権は存在するものと見なければならぬ。

本件特定契約の報酬支払金額は法律に基いて政府が適正と認める支払金額の指定てう手続によつて確定するものであつて、未だ給付の額が確定しないからといつて、報酬金支払請求権が発生しないと見ることは出来ない。このことは原審における弁護人提出に係る特別調達庁と被告会社との契約書(記録四五三丁)第十条に「乙は役務の全部又は一部を完了したときは第五条所定の区分により、修理費と据付工事費別に作成した請求書に、当該地区連合軍監督官の発給する仮受領書(ハンド・レシート)を添え、甲又は甲の委任した当該地区係官の査定を受けた後、左の書類を添付して甲に支払を請求する。

一、連合軍の正式要求又は写三部

二、連合軍の受領書正一部副二部

甲は前項の請求金額を審査の上乙に支払う」

と記載されている点を照合すれば一層明瞭である。

然らばこの債権は政府の支払金額指定前において評価可能であるか、この点に関し原審判決は、本件未収金債権は昭和二十二年法律第十六号第一条のいう特定契約に基く請負工事の代金を指すものであり、その代金は政府が命令の定める期間内に、一方的に適正と認める支払金額を指定して確定するもので、その期限前は裁判所に出訴することを許されず、又指定のあつた場合これに不服のあるものは先づ特別の改定申請の手続を経なければならないものであり、証人原田親満(当時特別調達庁役務部役務契約課長補佐兼調整係長)の証言によると、指定は工事を完成引渡し請負人が代金の請求書を提出してから三ケ月乃至六ケ月を要し、指定せられる金額は請求額より一、二割乃至三割程度減額されるのが当時の実情であり、殊に其の額の決定は査定基準が不完全であつたため、請負人や第三者の容易に認知し得ない不明確なものであつたことが認められる。かように当局の査定基準すら不完全で到底外部の請負人の窺知し得ないものを、請求金額と工事原価との間に於て適当評価せよといつても極めてあいまいな恣意的基準しか得られないと説示して本件未収金債権の評価は極めて困難なるものと判示しているが、本件未収金債権は、後に詳述する通り評価はそれ程困難のものではない。法律第一条第一項では「政府が適正と認める支払金額を指定」することになつているのであつて、支払金額の確定は債務者たる政府の指定によつてなされるものであるとはいえ、その指定は政府の恣意専断による一方的のものではなく、後で詳述するようにその算定は一定の基準価格に立つて、合理的且妥当の指定をなすものであることは「適正と認むる」の文句に徴して明らかである。この政府の適正と認むる支払金額指定の基礎は何処におくのであろうか。一言にして尽せば工事に要した実費に適正利潤を加算したものであるが、その算定基準は前記契約書第五条に求めることが出来る。同条は、「役務費は甲において左の項目により毎月連合軍の発給する受領書(P・R)により算定する。但し役務費については甲が必要と認めるときは概算払をなすことができる。

(一) 労務費 一般職種別賃金による

(二) 材料費 統制価格以内

(三) 諸経費

(四) 諸役務費 適正の実費

(イ) 業務管理費前第一号乃至第三号の総額に対し甲が適当と認めた経費適正の実費」と記載している。価格の算出については労務(一般職種別賃金によつて)材料(統制価格によつて)諸経費及諸役務費(適正の実費)が一定の基準価格によつてなされるものであることは前記契約書第五条に徴して疑う余地はない。してみれば政府の支払金額の指定は恣意専断によつて一方的になされるものではなく、又原判決が説示するように査定基準すら不明確なものでもない。殊に法律は、請負人に対し特別の帳簿を備付けて、契約の履行に関する金銭、物品の出納等を記載せしめ、調査の必要があれば当該官史をして請負人、下請負人に対して質問し、報告を求め、或に臨検する等の権限を与え、これに違反するときは一年以下の懲役又は一万円以下の罰金を科し得るものとして、その権限行使を担保している。(法律四、五及び六条)このことは業者の政府に対する不正手段による支払請求を防止せんとするものであるが、他面において政府の支払金額指定を適正ならしむる目的をも有するものと解し得る。これらの点を綜合すれば政府の「適正と認むる支払金額」とは契約書第五条所定の基準価格に従つて算出した工事原価に適正利潤を加算した合理的にして且適正なものであることが推測できる。しかして契約書第五条所定の各項目は何れも工事原価を形成する実費であつて、工事完成後においてその集計は容易であるばかりでなく、適正利潤ということは巷間あり得ることであつて、請負人が誠実な業者であるならば何が適正にして相当な利潤なりやの発見は易々たることで、決して算定不能とか又は至難とかのものではない。然らば本件未収報酬金債権は、被告会社が工事完了引渡後誠実に適正に工事に要した工事原価を集計し、それに相当利潤を加算して評価するならば、その評価は、政府の支払金額の指定額と多少の過不足を生ずることはあるとしても、両者はほぼ一致の近似額を算出し得ることは容易である。しかのみならず被告会社は当期決算期末たるの九月三十日当時既に別表1、乃至8、については政府の支払金額の指定をうけていたことは別表の査定日欄に徴して明らかである。今試みに請求金額と査定金額とについてその比率を計算して見ると

〈省略〉

(註) 28は前受金九二万円の残額清算額であるから除外した。

(2)の%は(1)と(2)の合計の%である。

となる。従つて被告会社は申告当時既に少くとも請求金額八九%程度のものが査定されるものであるとの経験を有するものであつて、この経験則に徴すれば、本件未収金債権の評価は容易であつたといわねばならぬ。しかも被告会社は九月三十日当時において別表十三、十四、十七、二六(二二は請求日不明二八は前記註の理由により除く)を除くの外はその請求額と査定額と多少の過不足はあるとしても、後にほぼ同率において、査定を受けている事実に徴すれば、本件未収金債権の評価が容易であつたことが窺知出来る。

進んで工事完了引渡後発生する未収金債権をその期に属する決算期において、法人税法第九条の所得として計上すべきか否かを考究するに、さきにも述べたように、総益金とは資本の払込以外において純資産増加の原因となるべき一切の事実をいい、総損金とは資本の払戻以外において純資産の減少を来すべき一切の事実をいうものであつて、その事実は貨幣によつて表示される。従つて本件未収金債権の如く売上として記帳さるべき債権が給付未確定の場合と謂も、その評価可能である限りは資産増加の原因をなす事実であるから益金に計上せらるべきは当然といわなければならぬ。

然るに原審判決は前示の通り本件未収金債権の評価は極めて困難なる旨を説示し、更に語を継いで、しかもこの評価は被告会社が既に適正な額として提出した請求書の代金に、損益計算としては若干の割引を附さねばならぬという二重人格的措置を強制することになる反道義性に加え、右評価額と、後日される政府の指定額との間に生じる不一致、過不足の調整は会社の計算及びこれを基礎とする法人税の更正に徒らな繁鎖を惹き起すこと必然である。更に右評価額と工事原価との差額は多くの場合益金すなはち所得として高率の法人税を納付しなければならないことになるが、その税金の支払を受ける当の政府よりは代金の支払は勿論金額の指定すら受けないうちに、これをしなければならないというその利害関係において余りにも均衡を失する結果を認容しなければならぬことになる。法人税法、第九条第一項は普通所得は総益金から総損金を控除した金額によると規定しているだけであるから、債権が生じたという理由で必ずこれを益金に計上すべきものというような法律的見方に囚らはれた解釈を固執せねばならないものではなく、むしろ解釈上重要なことは、ここにいわゆる益金、損金とは如何なるものであるかということである。法人税法第九条第一項の益金とは、益金として認めるのが至当なものを益金と認めようという法意に外ならず、この観点よりするときは、前記のような金額未定の未収金債権は政府の金額指定前にあつては、これを益金として計上しなければならない義務のあるものではないと説示しているが、原審判決は既述の通り本件未収金債権を評価困難なりと見るからかかる論定がなされるのであるが、その反対に評価可能なりと見るならば結論は自ら異るのである。何となれば特約のある場合は格別しからざる限り工事の完成引渡があれば請負人はその所有権を失うのであるから、請負人がその所有権を失つた以上は、請負契約が双務契約であつて、工事の完成引渡と報酬金とは常に対価の関係に立つものであるからその工事に要した工事原価を損金として落し、これに見合う相手勘定たる請求金額を未収債権として益金勘定に立てなければ、企業経理の処理は極めて不合理のものとならざるを得ない。

原審判決は法人税法第九条第一項の損金の解釈においても工事原価を単純な損金と同視すべきでないことは論を俟たず原則としてこれに対応する未収債権が益金に計上せられるまでの間は経過的に仮の勘定として保持繰越さねばならぬと説示しているが、一体請負契約の目的物を引渡し相手方にその所有権が移つてしまつた後、尚依然として自己に所有権があるものとして仮空の仮勘定を資産として繰越すべきだというがごときは暴論である。又これに基いて決算期に貸借対照表が作成されたとすればそれこそ貸借対照表真実の原則にも反するものと言わねばならぬ。

要するに本件未収金債権は前述の如く工事完成引渡時に於て支払請求権が発生するものでありたとえその当時支払金額が未確定であり政府の指定によつて確定するものであつても、その債権の評価が可能なる限りは請求時の事業年度の益金に計上すべきであつて政府の指定をまつて計上すべきものではない。何となれば度々述べたように法人税法第九条の所謂総益金とは純資産の増加を来すべき原因たる一切の事実を指摘するものだからである。

然るに原審判決が本件未収金債権は政府の指定があるまでは未確定であり、この未確定債権の評価は極めて困難であるからその益金としての計上時期は前期にあらずして査定時なりと判断したのは明らかに事実誤認なりと言わなければならぬ。しかして法人税法第五三条は刑法第四十八条第二項の適用を除外し罰金刑の合算併科を許さない。従つて本件未収金債権の計上が前期においてなさるべきか否かは判決主文に影響あるものであるからこの点において原審判決は破毀せらるべきである。

第二点 原審判決は理由を附せず又は理由にくいちがいがあり、その理由不備もしくは理由の齟齬が判決に影響を及ぼすことが明らかな違法がある。

原審判決は前述の如く、本件未収金債権は前記決算期においては支払金額未確定にして評価極めて困難なるが故に益金として計上すべきものにあらずとし、昭和二十二年十月一日より同二十三年三月三十一日までの事業年度(以下後期と称す)中政府の指定があつた一二、〇九八、〇〇二円の未収分は被告会社が後期の益金として計上すべきに拘らず、これを計上しなかつたものであるとしてその逋脱を認定した。(この数字は別表未収金債権中1乃至8の計六八四、六四一円は前期益金に計上し12乃至25は後期以外の査定に属するから除外し9乃至11及26乃至28の合計一三、六四九、七二五円より前記計上洩れの未払金一、五五〇、三五三円を控除したものであるが、四捨五入等の為多少数字に変動がある)原審判決認定の如く本件未収金債権が後期において益金に計上すべきものとするならば、工事原価は前期において損金として落すべきではなく益金として後期に繰越し、後期において未収金債権の支払金額が確定した時、はじめて損金として落すべきである。然るに原審判決はこれに反し、前期においては工事原価の全額を損金として落し、後期においては未収金債権の全額を益金として計上している。尤も原審判決もこの不合理を一応考慮したものか「本件においては証人佐藤和雄、糸武二等の述べる通り、右繰越さなければならない損金を、当期損金に計上したことは不当の経理であつたが、証人関宗一郎、柳下健太郎の証言、被告人児玉義雄の証言の供述によつて明らかであるように、被告会社は多年現金主義を以て記帳整理して来たもので、帳簿組織も極めて不完全なものであり当時工事の原価は少しも明らかにせられていなかつたし、被告人等においてもそれを損金として落してはならないことを知り乍ら、脱税のため敢てこれを計上したという故意は認められない。」と説示しているが、一体かような不合理不健実な企業経理を認めるとすれば、この工事の完成引渡のときと、支払金額確定の時との間に経理上の空間が生じる。この経理上の空間が決算期に跨る時は前期においては工事原価が総て損金となるのであるから莫大な赤字が生ずるが、翌期においては未収金債権は総てが益金として計上されるのであるから、莫大な黒字を生ずる場合のあることが予想される。本件はまさにその例に当る。屡々繰返したように、税法上の普通所得とは当該事業年度の総益金から総損金を控除した金額であり、益金とは資産増加の原因となるべき一切の事実である。云ふまでもなく、本件未収金債権は進駐軍の調達要求による請負工事の報酬債権であつて、その工事を完成するには労務、資材その他の諸経費を必要とする。そしてその工事原価と報酬債権との差額がすなはち利益である。従つて請負契約の履行と言う一つの事実によつて生ずる損益関係は、常に報酬債権とこれに見合う工事原価とが互に相手勘定科目として伴わなければならない。故に原審判決の如く工事原価の全額を前期の損金として落し報酬債権の全額を後期の益金として計上するが如き経理は原則として許されない。加之かかる不合理な経理によつては、被告会社の当該事業年度の真の所得を算出することは出来ない。要言すれば原審判決が本件未収金債権を後期において益金として計上するならば、これに見合う工事原価は仮勘定(工事の目的物引渡後工事原価を仮勘定として繰越すことの不合理は第一点で指摘したが)として前期の資産勘定に計上すべきであるから、被告会社の前期の所得額は判決認定の所得額より工事原価の金額だけ増える訳である。又後期においては本件未収金に見合う工事原価は負債勘定に計上して総益金から控除すべきであるから、会社の後期の所得額は判決認定の所得額より工事原価の金額だけ減る訳である。原審判決はこの経理の原則に反する誤を侵している。殊に税法上の利益といい、損金というのは純資産の増減の原因となるべき事実である。本件における工事原価も報酬債権も共に請負契約という一つの事実によつて生ずるものであつて、これを前期と後期との別事業年度に分けて処理することは純資産の増減の原因となるべき一個の事実は一つの事業年度において処理させることを原則としている法人税法第九条にも反する。原審判決は敢てこれらの不合理を侵して、被告会社の前期後期の所得を認定したのである。もし本件の場合における被告会社の所得計算はこの経理上の不合理を侵してなさるべきものであり且かかる経理上の不合理を侵してなす算出額が被告会社の真の所得を表現したものであるというならば、その理由を明らかにしなければならない。然るに原審判決は本件の場合の工事原価の算定は不能なりとし、漫然その工事原価は前期においては損金として落し、後期においては本件未収金債権と無関係のものとして被告会社の前期、後期の所得額を認定したことは、その認定に理由を附せざるか然らざれば理由のくいちがいがあるか何れかの違法がある。しかしてその理由を附せずもしくは理由のくいちがいの違法は畢竟判決主文に影響するものであるからこの点においても原審判決は破毀せらるべきである。

第三点 原審判決は法人税法第四十八条第一項の解釈を誤り、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかな違法がある。

原審判決は「検察官は訴因第二に於て (1)被告会社の計算の当期利益額二、三〇二、九二二円……併し前期(1)の当期利益額は判示被告人等の不正手段により影響をうけることなく、被告人児玉自身によつて明白にせられていた利益額であるから、いわゆる単純不申告の所得部分と認めるを相当とし、不正の手段によりこれに対する税額を逋脱せられたものとすることはできない。又被告人等においてこの部分に迄逋脱の犯意があつたものとすることはできない。」として逋脱の犯意なしと判示した。

凡そ租税徴収の権力関係は、課税団体と納税義務者との間における債権債務の関係として法律構成するのが通説である。従つて課税団体が納税義務者から租税を徴収し得るには、租税債権が成立し、且その具体的内容が確定しなければならない。しかし租税債権は契約によつて成立するものではないから成立の時期と確定の時期とは必ずしも一致しない。正常な経過においては租税債務の成立、確定、納付によつて租税債権は満足するのである。この租税債務が成立しその内容が確定し、租税債務の履行によつて課税団体の租税債権が満足する一連の流れが徴税手続である。従つてこの一連の流れの何れかの段階において障害を与えるような事実が発生すれば、租税債権の満足を害するものとして課税権の侵害ありと見なければならない。法人税法第四十八条第一項の「免れた」ということは文言自体からは必ずしも明確とはいえないが、法が租税として納税義務者から予定している時期に予定している租税債権が履行によつて満足されることを期待して、これを阻害する場合に処する種々の規定を設けているところから考えると「免れた」とは租税の収納を減少せしめる結果を生ぜしめる事実であると観念すべきである。そこで申告納税制度を採る法人税について見るに、法の期待するところは納税義務者が課税標準を計算確定し、税額をも決定して課税標準と税額とを課税団体に申告して納税させる制度である。仮に法人税法第二十二条の確定申告について具体的にいうならば法定事業年度の終了の日から二ケ月以内に課税標準及び税額を申告し、且申告税額を納付しなければならないのである。従つて無申告のまま法の命ずる申告期限を経過した場合はたとえ後日において課税標準及び税額を申告して申告税額を納税する意思があつたとしても、申告期限の経過と共に課税権の侵害ありというべきである。

しかもこの場合納税者が詐偽その他不正手段を用いて所得を秘匿し、無申告のまま申告期限を徒過したとすれば法人税法第四十八条第一項の逋脱犯の成立することは既に判例の示すところである。(昭和二十四年七月九日最高裁判決、昭和二十四年七月二十七日大阪地裁判決)

本件において前示被告会社の利益額二、三〇二、九二二円を後期の逋脱額と認定したのは被告人児玉義雄の作成した決算書と会社備付帳簿とに基いたものであるが(佐藤和雄証言第一五六丁参照)その利益額の算出について、被告人児玉義雄、同染谷謙三の供述によれば、被告会社は前期決算において本件未収金債権をその期の益金として計上しなかつたが、昭和二十二年十二月になつて未収金債権の大半約千三百万円が入金した。当時政府に対する不正手段による支払請求の防止に関する法律が公布されたので、この儘にしておけば余りにも利益が尨大になり、不正手段によつて代金の支払を受けたように見られては大変だと思い、同年四月一日から同年十二月二十日までの原価計算を始めたのである。その結果千三、四百万円の利益が出たのでこの利益を秘匿するため架空仕入、架空外註加工費等の架空支払を作り、その支払に当てた架空借入を偽装して伝票や帳簿を作成した。かかる偽装した伝票や帳簿に基いて計算されたものが証第三号の決算書であり、この決算書に表われた利益金が前示二、三〇二、九二二円である。しかも被告会社はこの決算書に基いて税務署に申告しようと思つたが、当期の借入金が真実の借入金千三百万円に架空借入金を合計すると二千七百万円という常識外れの多額に上るし、その架空借入は銀行と連絡して偽装したものでないから、税務署で調査されると発覚する虞れがあつたので元に戻して真実の基礎に基いて帳簿を作成し、決算書を作成しようとしていたところを査察官に調査されるようになつた。この決算書を税務署に提出すれば、結果に於て偽装損金が増加し、脱税となることは十分承知していたし、社長細田も細かいことは知る筈はないが、大綱については十分承知していたところであるというのである。(染谷謙三、検事に対する第二回供述第四〇一丁、児玉義雄の検事に対する第二回供述第四二五丁)

然らば前示利益額は被告会社の後期益金として申告すべきものであり、且被告人等もこれを予定していたものであるから前示利益額は損金に偽装した益金と共に法人税法の規定する申告期限内に申告してこれに対する税額を納付しなければならないことを被告人等は十分認識していたものであつたということが出来る。しかも前示利益額及び損金に偽装された益金はその算出が何れも伝票及び帳簿の偽装てう不正行為を伴うものであるから、無申告のまま申告期限を徒過することによつて法人税法第四十八条第一項の「免れた」場合に当り逋脱犯を構成するものと云うべきで、申告期限前に申告の予定であつたと否とは逋脱犯の成否に関係がない。しかも前示利益額は被告人等において既に申告すべく予定していたものであつて、原価償却否認額又はスワンソンに対する賞与否認額のように申告しないでも差支えないと考えていたものとはその性質が異なるものであるから、架空借入金一四、〇〇〇、〇〇〇円、架空未払工賃九三、三一九円或は材料返品代計上洩れ八〇〇、〇〇〇円などと特に区別して前示利益額のみについて犯意なしとすることは到底理解出来ない。

この点に於ても原審判決は法人税法第四十八条第一項の解釈を誤つたものであり、この誤りは判決に影響を及ぼすものであるから破毀を免れない。

昭和二十五年七月十一日

東京高等検察庁

東京高等裁判所第四刑事部 御中

未収金一覧表(記録二七一丁)

〈省略〉

控訴趣意書

元細田機械工業株式会社承継

被告人 岡本工作機械製作所

同 細田和一

同 染谷謙三

同 児玉義雄

法人税法並びに所得税法違反事件

右件につき控訴の趣意左の如く陳述する。

第一点 原判決には重大なる事実の誤認があり、而もそれは判決の結果に影響を及ぼすこと明な場合である。

凡そ個人の事業所得税乃至諸会社の法人税は一の事業体が当該課税年度内に於て収益し、損失する多数の科目を列挙し、其各取引より生ずる損益を通算して純益を算出し、之に対し法定の税率を適用して各企業体の国家に対し負担すべき納税金額を決定するものである。故に此等多数科目の内或ものについては其利益を過少に見積り又は全く遺脱するも他の科目に於て過大見積を為し又は申告不要科目の届出を為し、結果に於ては全体として後日正確なる検定調査を為したる結果算出せられたる税額と同一、又は之より多額の納税を為した場合に於ては縦令先に或る科目につき過少見積を為し又は申告遺脱を為したという点に於て過失乃至不正があつたとしても、国家の課税権は之に依つて傷害せられて居らぬのであるから、かかる場合には所得税法第六十九条や法人税法第四十八条の逋脱の犯罪を構成するの余地のないものである。此の理論は原審に於ても必ずしも之を否定するものではない(原判決中、記録六八七の終尾より六八八に至る部分参照)。しかるに原審はその適用に当つて事実の誤認又は計数の錯誤を犯し、之がため遂に公正な結論を得るに至つて居らぬ。この論点は原判決理由中記録六八七丁の末段より六八八丁にかけての部分に関係するのであるが、本論を明確に把握せらるる為には遡りて原審に於ける此の論争の概要を説明する必要を感ずる。

被告会社は定款には諸機械の設計、製作の業務を営む会社であるとはしてあるが原判決中犯罪事実第一に関する時期即ち昭和二十二年五月乃至九月の時期に於ては、専ら進駐軍各部隊、進駐軍用の病院等に洗濯機械を据付け及び之を修理するの仕事を為して居つた。この仕事が被告会社の当時の営業の始んど全部であり、その他には、これという仕事はしなかつた。此のことは本件記録中検察側提出の証拠に依りても明白である。然らば被告会社は此期間中如何なる数量の仕事を為したかというに、それは一言にして云へば記録二七一丁に在る証人大蔵事務官糸武二の作成に係る表の二十八件であつた。説明の便宜のため各契約項目に(一)(二)等の番号を付し、ここに転記する。

〈省略〉

税務当局では右各工事は表中「PR別」欄(プロキユアメント、レシイトの略)に在る如く概ね昭和二十二年五月乃至九月中に納入受領せられたものである。工事が竣工し註文者に於て受領せらるればここに請負契約に関する民法の法則に従い、請負代金請求権が発生して居るのであるから(民法第六三三条)被告会社はこの日の属する法定年度内に以上工事に対する利益を挙げ得たものとして納税せねばならぬ。乃ち前記二十八件の収入金額(実は収入より生ずる純益というべきところである)につき右法定事業年度の法人税申告を為すべかりしものであるという前提の下に検察側は起訴状中訴因第一の如き要求をしたのである。

茲に本件の特徴の一は税務当局も検察当局、被告等自身もともに昭和二十一年法律第六十号(政府の契約の特例に関する件)という法律の存在を知らなかつたということである。(第九回公判鈴木一夫証人証言参照)被告会社では従前の会計年度以来経理上「現金主義」という方法で計算を立て来つた為め(原判決も之を認む、記録六八六丁末段)この期間内(即ち同年九月三十日迄に)現金収入ありしものはこれを総て此の期の収入と立て、それ以後のものはこれを以後の期の収入と立てたのである。(糸武二表下欄「受領年月日」参照)

右の如く被告会社は現金受取の日を収入の日と立てた結果査定前の概算仮払金までもその概算金受取の日が此の期内に該当する以上之を此期の収入として居るのである。乃ち被告会社はこの糸武二の表には載つて居らぬが、長井ランドリーに於ける据付以下八工事の概算払として昭和二十二年五、六月に受取つた九百五十万円をも此期の収入として納税申告科目中に加入して居つたのである。此事は記録六四四丁の末尾より六四六丁に亘る被告児玉義雄の供述にもあり又証第九号証、第十四号証に之に該当する記事があり動かすべからざる事実である。然るに長井ランドリー以下の工事金額につき法律第六十号に依る代金指定を受けたのは此期以後の昭和二十三年三月十七日である。この事も亦児玉の供述及び証第十四号で判明する。ただ本件が訴追せられた後前記昭和二十一年法律第六十号並びに昭和二十二年勅令第十一号が着眼せらるるに至つた此等の法律並びに勅令に依れば本件は同法に所謂「特定契約」の範疇に属し、此等の契約代金は政府の指定を待つて請求権が確立し会社の収益は此の確定(査定と俗称するもの)の日の属する年度のものとすべしとの解釈が正当なることが判明した。原判決の記録六八三丁中途より六八七丁に至るまでの間に之を縷説している。(其結果原判決も糸武二表記の(九)乃至(二七)の収入を此期より除外して居る)。果して然らば此の概算仮受金も亦之を受取つた年度の会社収入では、なをその査定のあつた日の属する年度の収入とせなければならぬ。会計法規に於ても概算払(会計法第二二条予算決算及会計令五八条)の金額は前金払とは異る実際に支出した金額を集計し後に精算を為した時に支出があつたものとせられる。概算金九百五十万円を会社関係者が入手した日が昭和二十二年五月であつたという外形事実を誤解してこれを此期の収入として之より生ずる収入につき納税したのは実は過納であつたのである。本件に於ては記録の不備の為各工事原価の計算が精密には不能であるとするも仮りに工事より生ずる利潤を一割と見るときは少くとも九十五万円に対する納税は過納である。当時の法人税法第十七条に依れば本件の如き会社に於ては法人の普通所得につき百分の三十五、超過所得百分の三十の税率が適用せられるから前記九十五万円の利益を過大に申告して居つたとすれば六十一万七千五百円の過納を為して居る計算となる。(此期に於ては実は此の九百五十万円が主なる表見的収入でこれを後期収入と見る場合には実は欠損であつて納税義務さへなかつたことになるかも知れぬ)然るに此問題につき原判決は次の説明を以て弁護人の主張を排斥して居る。「弁護人は検察官主張の未収金債権が政府の金額指定の時を以て益金に計上せらるべきものである以上、被告人等は前記九、五〇〇、〇〇〇円の概算払を収入に計上しその利益を一割と見積れば九五〇、〇〇〇円を当期の益金に加算した事になるがこれは所得の過大申告であり脱税額と差引計算すれば国家の徴税権を害してはいないから犯罪は成立しないと主張するが前記の通り当期に於て金額の指定のあつた未収金六八〇、〇〇〇円余の計上洩れのある外その余の未収金に対応する工事原価を不当に損金として落しているのであつてその額は弁護人主張の九五〇、〇〇〇円を遙かに超過するであらうことも容易に推認でき、従つてその主張の過大申告あるが故に判示逋脱犯成立の根基を欠くと云う事はないこと明らかであるから右の主張はこれを排斥する」と。

右説明は甚だしく了解に苦しむものである。先づ(一)原判決は右の過大申告を為した九百五十万円に対しては利益を一割と見、一割の利益に対する納税(六十五%)過納したと見て居る。果して然らば指定があつて被告会社が申告を遺脱した六八〇、〇〇〇円についても収益はその一割即ち六八、〇〇〇円を利益と見ねば権衡を失し論理に矛盾が生じて来る。然るに原審がこの様な観察をしたか否か不明である。(二)原判決は「その余の未収金に対する工事原価を不当に損金に落しているのでその額は弁護人主張の九五〇、〇〇〇円を遙かに超過することも容易に推察できる」というて居る。しかし斯る推認が如何にして可能であるか。原審は何等数字も挙げず証拠も示して居らぬ。これを独断といわずして何といわうか。況んや九百五十万円の過大収入申告に牽連したる利潤を一割と見たのは極めて抑遜した仮定的数字であつて実際は一割半乃至二割の利益を包含して居ると見るも不当ではない。乃ち第一期に於ては申告を要せざりし九百五十万円の概算払を申告したことよりして生じた税金過納のため国家の徴税権は毫も害されて居らぬというのが健全なる論理の結果である。従つて此の訴因については断然無罪の言渡を為すべかりしにかかわらず原審はその断に出でず金額を限らず又証拠を示さずして右過納額を他の架空のものと相殺否定しようとしているのである。右の如きは裁判所の判決としては体を為さぬ迄に不相当のものである。

第二点 原判決は更に判決の結果に重大影響を及ぼすべき事実の誤認を為して居ります。

原判決は被告会社が昭和二十二年十二月従来の資本金十九万七千円を百五十万円に増資する際会社が横浜興信銀行鶴見支店に於て有して居つた預金を之に振替えた事実を基礎とし右は株主である細田和一への「賞与であると認定し、会社及び細田等の法人税法違反事件に於ては之を立替金としたのは虚偽の帳簿記入であると為し(記録六八一)細田個人に対する所得税法違反事件(訴因第二)に於ては之を別途秘密賞与又は給与としてその所得税申告中に之を記入せざりしを責めているのである。しかし、右の認定は証拠の主旨に反し、又経済上の条理に合せざる不当の認定であります。(一)先づ、之を以て「賞与」というのは何等根拠のない事である。賞与というのは常に毎期末に取締役等の会社のために尽した功労に対し慰労の意味に於て会社より拠出するもので株主総会に於て利益処分として承認せられるものであります。本件の百三十万三千円が斯の如き性質のものであつたという証拠はない。又会社経理の常識上左様なことのあるべき筈がない。(二)証拠の上に於ては之を「立替」と記載して居るのである。(昭和二十二年十二月二十一日から昭和二十三年三月二十日迄銀行帳)。立替という事と賞与ということとは相容れぬ観念である。原判決は被告会社が同族会社であり会社の利害は細田の利害と同一視すべきものであつたという事よりしてその見解を正当化せんとして居る。しかし同族会社であるからと云うて年度中間に賞与を出すという例はない。もし同族会社に関する経済的観察乃至世間的実例を参照するならば何ぞ更に進んで世間の増資の実際を見なかつたか。本件もその場合の一であるように、増資株は旧株式に対しその株数に応じて按分して発行せられる。旧株式は其時代に於ける会社の資産を代表するものである。例へばある会社が一千株の株式より成るとすれば会社の一株の価値は会社全資産の一千分の一である。(説明の便のため簡単な数字を用うる)かかる会社が倍額増資を為し更に一千株を発行し、その払込の為め本件と同じように会社の所有して居つた現金五万円(一株額面五十円とし)を以て振替へ振込みを為し、登記を終りたりとせば、旧株主は損もせねば、また得もせぬ。旧株時代は一株は会社資産の千分の一を代表して居つた。新株発行後は各株主は二倍数の株数は所有しているが、その一株は実は会社資産の二千分の一を代表するに過ぎぬ。本件の場合も亦実情この例の場合と全然同じであつて、会社資産の振替に因る株数の増加のために株主細田は何の利益も得て居らぬ。斯る振替が商法上如何なる法律問題を生ずるかはこれは別問題である。個人資産としては、何等実質上の増加はない。個人資産の実質上の増加なきに拘らず之を株主個人の所得と為し又は会社に於ける特殊賞与と為すは税法の原則より見れば全く誤りである。この点は判示第一の二及判示第二の大きな部分の成否に関係するものである。何卒再検討の上、正しき御判断を与えられんことを希望してやみませぬ。

第三点 原判決は更に判決に影響を及ぼすべき重大なる事実の錯誤をいたして居ります。

原判決判示第二に於て被告人細田和一は昭和二十二年四月一日以降毎月平均一五、〇〇〇円宛合計一三五、〇〇〇円を別途秘密賞与として会社より受領して居つた旨を説示して居る。しかし、此の事実も亦捏造せられたる虚構のものである。細田和一が被告会社より所得税申告当時又はその以前毎月一万五千円の秘密賞与を給せられ居りたりというが如き事実はない。右は本件税務査察当時に税務官史が仮説したものに外ならぬ。原審や五回公判に於て証人、佐藤(査察官)は交際費の三分の一は賞与として認めたのである旨を証言して居る。乃ち本件第十六回(昭和二十四年十二月二十四日)の公判に於て児玉義雄が陳べたる如く昭和二十三年七月被告会社に対する税務査察の際、売上計上漏の問題が起つた。この計上漏に依り撚出した金銭は如何に使用したかの問に対し会社側は右は会社の機密費や交際費に使用したと答へたところ、その内訳書を作成せられたしとの事であつた。会社はこれに対し、来客接待用等事例を挙げた。於茲、税務当局は社長の俸給を聞いたところ、それは五千幾百円とありのまま答えた。税務当局はそれだけで社長が暮せる筈なしといひ、会社交際費中一ケ月一万五千円を社長給与としようと云つたのである(前記佐藤の証言も此の事をいうのである)、原判決も他の場所に於て認むる如く細田一家は実は其の児女も郷里に住せしめ和一夫妻は一日中二十四時間会社の社務に全力をささげている。細田邸内に於て来客の接待を為すも実は会社のために外ならぬ。右等会社交際費の費途は外見上個人の用途である如くであるが、実は右は社用に外ならぬ。此等の事は原審検証の結果をも参酌し(細田邸は社屋内に在り)、本件記録全体より考察すれば会社機密費=交際費は実際に会社営業上の必要経費であつて其の内、特に一万五千円だけが別途秘密賞与であつたというが如きは誤りである。賞与と云はば必ず別に之を金銭を以て給せられた事実が無ければならぬ。本件に於ては曾て斯の如き事はない。この点また大なる事実の誤認であり、而も此点は前点と結合して、第二判示を無罪に帰せしむべき事由ともなる。乃ち判決に重大影響を及ぼすものである。

第四点 原審は法人税逋脱犯の既遂状態形成の条件に関する法の解釈を誤り其結果、本件未遂を処罰しない法人税逋脱事件につき単に未遂乃至予備に過ぎない行為に対し刑罰を加えた違法の判決である。

原判決は判示第一の二の説明として被告会社が昭和二十二年十月一日より同二十三年三月迄の事業年度に於てその帳簿上数項の記帳の脱漏あることを挙げたる後、

「以上の合計一六、三三四、二二二円に相当する益金を隠匿し、かくて右正式の帳簿に基いて被告人児玉義雄が算出した同事業年度の純利益金二、三〇二、九二二円に加算さるべき上記の益金一六、三三四、二二二円(普通所得並びに超過所得いづれも同額)を隠匿したまま正規の納税申告期限である同年五月三十日迄に所轄税務署に何等の申告納税をせず以てこれが税額一〇、六一七、二四四円三〇銭を逋脱し」

と説述して居る。即ち原判決は純益金を帳簿に不記載(判決には隠匿という文字を使用した)のまま正規の申告期限を経過したという事を以て法人税逋脱罪の既遂段階到達なりとして居るのである。弁護人は此種の議論に応じ予めその弁論に於て右の如き行為は租税逋脱に至る迄の準備行為に過ぎずと論じ、東京高等裁判所昭和二十四年(を)第三九八号、同裁判所第十一刑事部、二十四年八月十九日言渡の判決を引用した(弁論要旨十四項)。原判決は之を反駁して(記録六九〇)

「会社の計算に従つて税額算定の基礎となる諸帳簿に工作を施す行為自体は租税逋脱に至る迄の準備行為に過ぎないことはその主張の通りであるけれども、これに基づく何等の申告もなされないで所定の期限を過ぎた場合は右準備行為が所期の効果を生じる段階に発展したのであつて不正の申告をしたときと同様不正手段により隠匿された利益額の限度において逋脱罪の成立を認めるのはむしろ、当然と解するから弁護人の右主張は採用しない」

と論じて居る。しかし右は不当なる独断と評するの外はない。元来「逋脱」とは何ぞや、納税義務者が一時的にもせよ外形的にもせよ免税状態、完納状態を作為した事を指すものと解せねばならぬ。国内の法人は法人税を納むる義務を負つている(法人税法第一条)。期限に不申告の事実あるもこれがため免税の仮装状態は発生せぬ。従つて逋脱状態は生れて居らぬ。尤も会社が欠損をして納税義務が全然なきよう帳簿を作為し置き、従つて納税申告書を提出せざる旨決意して置きたる者ある場合に申告期限が来たが予定の如く欠損の主張の表現として申告書を出さなかつたというような特殊の場合は別である。本件は左様な場合ではない。被告会社は法人税申告の意思は終始有つて居つた、本件記録に於て明かな如く、その前期たる昭和二十二年四月乃至九月の申告は法定申告期間は十一月であつたが実際には十二月に申告して居る。問題となつて居る二十二年十月乃至二十三年三月の申告は二十三年五月末であるが、それが七月中には申告せねばなるまいと考えているうち七月中に本件査察が始まつた為遂に申告書も亦之に添付すべき決算書も提出するに至らなかつた。因に云う。法人税は申告と同時に納税を要する制度であるから納税資金が手廻らなければ申告は出来ぬ。従つて期限後二月位の遅延は此々皆然りである。それはいづれにするも被告会社は終始申告納税はせねばならぬ事を念願して居るから五月末の申告期限が過ぎたればとて、自ら納税の免脱を獲たとか、納税完納の外見を作為し得たとか考えたこともなければ、他人に対し(税務当局をも含んで)「もはや本年の納税義務を尽せり」とか「当社の納税義務は幾何に過ぎぬ」とか、いう主張を為した事もない。原判決も亦斯の如き事実を認定してをらぬ。原審判決がかかる状態の下に於ける被告会社に対し猶且逋脱の既遂責任ありとしたのは畢竟、此種犯罪の既遂罪構成要件に関する刑事法の誤解を為した事に基くものでありこの法律適用の誤は判決に重大影響を及ぼすこと明らかであるから弁護人は本論点を刑事訴訟法第三百八十条に因る重要控訴趣意とするものである。

第五点 原判決は更に判決に影響ある重大事実誤認を犯して居る。仮りに前論点に於て引用した原審判決の部分が理由ありとするも、此場合にはその不正帳簿の作成者のみが責任者でなければならぬ。不正帳簿に関与せぬ者に責任を負はしむるは一般刑法理論に合せぬ。本件に於て、細田和一及び染谷謙三はかかる帳簿に関係がなかつた証拠は記録中圧倒的である。(例えば第七回公判に於ける小花証人)原判決はこの責任を細田並びに染谷に迄及ぼした事は全く重大なる事実の誤認に基くものである。(児玉及び染谷の検事調書の記録は信ずべからざるのみならず次の論点に指摘する如く此等は本来証拠として採用すべき資料ではない)。

第六点 原判決は訴訟法の規定に背き証拠とすべからざる文書を証拠とした違法の判決である。

原判決は到るところに被告染谷謙三及び児玉義雄に対する検事作成の供述調書を引用して居る。右供述調書を証拠として受理することに対しては弁護人より異議を申立てた(第十四回公判)。異議の理由の一は右調書作成に際し黙秘権の告知がなかつた事である。此のことは両被告が法廷に於て真に迫りたる訴を為したのみならず検察側申請の草野証人に依るも此の告知の完全に為されざりし事が立証せられた。

元来被疑者に黙秘の権あることは検察官の訊問前に告知されねばならぬ。訊問前には之を告げず、従前の慣行に因り誘導又は圧迫の訊問を為し、手控を作り之に基き調書を作成する前又は調書途中に黙秘権の存在を告ぐるも斯かる告知は何等の効果はない。法律の要求するところは斯んな無効のことではない。

然るに本件副検事が児玉、染谷を訊問するに立会し供述調書を手記した草野検察事務官は(本件第十一回公判)はこの黙秘権の告知の時期に関し「調書を取る前か取調べの前だつたかは、はつきり致しません。雑談的に談じました」との答を固持して動かなかつた。そして調書作成の順序として「はつきり記憶しませんが前日調べて翌日調書をとつたことがあります」と答へて居る。児玉、染谷は取調前の告知を否認し、ただ或る時染谷の調書作成中「云はんでもよいのだから」という事を聞いたに過ぎぬ。斯る状況の下に於ける検察調書は証拠能力あるものでないにかかわらず、之を証拠として採用した原判決は違法なること勿論である。此等の証拠が排斥せらるるときは本件の税務につき細田和一が関与し共謀したりとの証明なきに至る。即ち判決に重大影響を及ぼすものであるから刑事訴訟法第三百七十九条に依り之を以て重要なる控訴理由とする。

第七点 原判決には証拠法上採用すべからざる証言を証拠として採用した違法がある。

被告が本件の捜査中、捜査官に対し云々の事を言いたりとして被告の供述を内容とする証言を為さんとする場合には刑事訴訟法第三百二十四条に於て準用する第三百二十二条の法則が適用せられる。而して新法施行後かかる証言を為す場合には右伝聞が旧法の時代に為された場合でも、やはりそれが任意の供述であつた事が証明せられなければならぬ。左様でなければ、新法時代に於て旧法時代の違法を追認することとなる、即ち旧法時代に於て任意に為されたものでない疑ある供述を新法時代に於て伝聞証言として法廷に現出させることは出来ぬ。縦令誤つて現出するも、これを証拠として採用することは出来ぬ。此事は本件第三回公判に於ける証人佐藤和雄の証言に関係する。同人は査察官として昭和二十三年八月本件被告人等を取調べた者であつて、其取調内容を法廷に証言せんとした。取調の当時は新刑事訴訟法は未だ施行せられて居らなかつたが、新憲法は既に施行せられて居つた。従つて憲法第三十八条に依り各人は自己に不利益な供述を強要せられざる保証を得て居るのである。然るに佐藤等査察官は四、五人で被告等を取巻き、本件税法違反の供述を迫つたのである。佐藤の証言にも、

「問 其時証人一人で調べたか、

答 違います、四、五人居りましたが結局質問は自分がしたのです、

問 それは何時頃か、

答 昭和二十三年八月上旬です、

問 (弁護人)証人はその時不利益なことは云わなくてもよいと云つたか、

答 云いませんでした。」

と在る。乃ち、佐藤の法廷で証言せんとする時期が新訴訟法の施行後である以上、新訴訟法が憲法の精神に従い被告人に対し、不利益強要を保護する規定と同様なる保護を与えず強いて自己帰責の供述を為さしめた事の「疑」濃厚な場合に於て原審は弁護人の異議を排斥してその捜索の際の被告の供述を証拠として法廷に出現せしめ、剰さへ之を判決上の証拠として引用して居る。(記録六八九中に番号18として引用)此佐藤の証言は判示第一の二を有罪とする重要なる証拠である。これが排除せらるれば、此の訴因については他の判断に到達すべかりしものであるから、右訴訟手続の違反は判決に重大な影響を及ぼすこと明らかである。此の理由よりしても原判決は破棄せらるべきものである。

第八点 原審は訴訟の進行方法を誤りたるか、若くは納税義務の限度を不当に確定したる違法の判決である。

本件訴因第一の法人税の課税標準額の確定については適法なる審査請求の後行政訴訟として争はれ現に、東京地方裁判所に於て係争中である(弁第一号証)。この結果被告会社の納税義務確定せざる以上、果して被告会社が脱税せりや又幾何を脱税せりやを決定する事が出来ぬ。もし被告会社に法人税逋脱ありとの刑事判決が確定して後、行政訴訟の結果被告の申出と同額又はそれより以下の金額が被告の納税義務の限度なる事が決定したとすれば先の刑事判決は如何になるのであるか。かかる場合は再審原因としても数えられて居らぬ、再審に依る救済も出来ぬ。かかる点が争となる場合は刑事裁判所たるもの当然被告人の納税義務の限度の確定を待つべきものである。本件原審第一回の公判廷に於て此の請求があつたにもかかわらず、原審は之を却けて強いて訴訟を進行したのは違法である。しかも、税務系統の争に於て被告会社の納税義務未決定の今日納税義務の存在、限度を独断した原判決は違法の判決である。これ亦重要なる訴訟手続の違反にして且判決の結果に影響あるものとして貴裁判所の御審議を受くべき一点である。

第九点 原判決は刑の量定に於て甚だしく失当である。

以上各論点に於て指摘する如く、本件前期法人税の納税については、九百五十万円というが如き納期未到来の収入につき納税を了し従つて国家徴税権を害せず、根本より逋脱の罪として問うべきでなく、後期法人税については未だ申告を為さず、縦令帳簿に不適当記載を為すと雖も事は申告準備段階に在るのみであつて未だ逋脱罪の既遂段階に達して居らぬ。

所得税に至つては社内留保金を新株に振替へたるものであつて株主の資産増加を来たさざる場合であつて所得税課税原因を構成せざる事案と、又現実に受けざる特別賞与なるものが仮想せられたるに過ぎぬ、本件三つの起訴事実は総て無罪と判決せらるべきものである。ただ本件は査察制度開始の第一着手事件なりしため我国官僚的面目論より強いて問題を有罪の方向に導き入れんと努力せられたると、税務官吏の法第六十号、法第百七十一号の不知とよりして迷路に歩み入りたるものに過ぎぬ。被告等には誠に気の毒の事件である。

仮りに強いて原審の如き理由にて有罪の判定を下すとするも原判決の量刑は過当である。之に体刑を課し、且つ多額の罰金を言渡すはあまりにも苛酷である。其の理由及原審に顕われた証拠は次の如し。

(一) 同じく有罪とするも他面無罪とも観察すべき理由甚だ多し。右につきては本趣意書第一点乃至第七点に陳べたる通りである。

(二) 更正決定に因る納税は完納した。加之行政訴訟の結果一部過納として返還せられる状態にも在る(弁第一号)

(三) 被告側に於て実質的悪意なかりし為、査察には却つて十分協力した。原審第六回公判廷に於ける証人糸武二(査察官)も「……課税申告には書いてありませんでしたが(現金主義の申告をしたが為)取調べに当つては、その説明にかくす所はなく被告会社側が協力してくれました」と在る。

(四) 社長たりし細田も、工場長たりし染谷も共に技術出身者であつて納税や経理には関与して居らぬ。――国家に実害なく、本人に悪意無き、事件につき斯の如き重き体刑及過大な罰金を併せ課するは当を得ぬ。

此の理由よりするも原裁判は宜しく変更せらるべきである。

昭和二十五年七月八日

右弁護人 清瀬一郎

東京高等裁判所第四刑事部 御中

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